瓦の流通

平成19年4月1日


今日から4月です。気持ちを新たに、今日は、瓦の流通」

について話してみます。

瓦は、今から1400年前、仏教文化と一緒に百済の国か

ら入ってきました。その頃は、寺院を建立する度に、その

近くに窯場を作り、瓦を焼いていたそうです。遠くまで瓦を

運ぶよりは、近くで取れる粘土を使ったようです。時代が下

っても、お城を築城する時には、やはり、近くに窯場を作っ

て、瓦を焼いたようです。

明治,大正になって、瓦作りに機械が導入されました。

昭和の戦後になると、瓦作りは、一段と機械化されてきま

した。この頃までは、瓦は、全国いたる所で作られていま

した。そして瓦は、瓦工場の職人によって屋根が葺かれて

いました。現在のように施工と製造の分化は、一部の都市部

を除いて、まだなされていませんでした。

昭和30年代、40年代の高度成長時代に、瓦の大量生産

方式が確立され、瓦工場は製造に専念するようになり、瓦

工事だけをする瓦施工業者ができてきました。そして、全国

の製造立地条件の良い所が瓦産地として発展してきました。

瓦は、工場~施工瓦店~消費者、の流通経路をとるように

なってきました。

昭和50年代、60年代以降には、瓦工場間、産地間の競争が

激しさを増し、淘汰がなされてきました。

そして、現在、東日本では、ほとんど三州瓦(愛知産)が使わ

れています。三州産地は、立地条件、粘土、集積の強み、企業

規模,等,全ての面で優れており、良質の瓦を出荷しています。

流通経路は、三州工場~瓦問屋~施工瓦店~消費者、になっ

てきました。

私の会社にも、毎日、三州産地から瓦が入荷されています。

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しいね産業(株)しいね瓦
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by kawara-shiine | 2007-04-01 21:47 | 生活
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