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石綿スレート屋根の葺き替え

平成19年4月6日


3月26日に、このブログで紹介した、石綿スレート屋根の

葺き替え工事が完了しました。

施主様は、大工さんです。「この家を建てた頃は、あまり考

えないで屋根を決めてしまった。スレート屋根は、後でメン

テナンスで経費がかかる。それに、石綿だから健康問題も

心配だから。」、と、話していました。

屋根は、陶器瓦できれいに葺き上がり、施主様は、大変満

足気でした。

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しいね産業(株)しいね瓦
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by kawara-shiine | 2007-04-06 21:51 | 屋根

石倉の葺き替え工事

平成19年4月4日


石倉の葺き替え工事をしました。

昭和20年代に建てられたそうです。屋根には、古い瓦

がのっていました。話を聞くと、私の父が工事をしたとの

事。瓦は、登り窯で焼いたもので、精度、変形,等では、

今のものと比べることはできません。只、色合いだけは、

趣のある風格をかもちだしていました。しかし、長年の風

雪で痛みもひどく、葺き替える事になりました。

瓦を剥いでみたら,土葺きになっていたので、土を取り除

き,野地板工事もしました。仕上がって,きれいになった屋

根を見て、施主様も、大変よろこんでいました。

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しいね産業(株)しいね瓦
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by kawara-shiine | 2007-04-05 00:08 | 屋根

瓦の流通

平成19年4月1日


今日から4月です。気持ちを新たに、今日は、瓦の流通」

について話してみます。

瓦は、今から1400年前、仏教文化と一緒に百済の国か

ら入ってきました。その頃は、寺院を建立する度に、その

近くに窯場を作り、瓦を焼いていたそうです。遠くまで瓦を

運ぶよりは、近くで取れる粘土を使ったようです。時代が下

っても、お城を築城する時には、やはり、近くに窯場を作っ

て、瓦を焼いたようです。

明治,大正になって、瓦作りに機械が導入されました。

昭和の戦後になると、瓦作りは、一段と機械化されてきま

した。この頃までは、瓦は、全国いたる所で作られていま

した。そして瓦は、瓦工場の職人によって屋根が葺かれて

いました。現在のように施工と製造の分化は、一部の都市部

を除いて、まだなされていませんでした。

昭和30年代、40年代の高度成長時代に、瓦の大量生産

方式が確立され、瓦工場は製造に専念するようになり、瓦

工事だけをする瓦施工業者ができてきました。そして、全国

の製造立地条件の良い所が瓦産地として発展してきました。

瓦は、工場~施工瓦店~消費者、の流通経路をとるように

なってきました。

昭和50年代、60年代以降には、瓦工場間、産地間の競争が

激しさを増し、淘汰がなされてきました。

そして、現在、東日本では、ほとんど三州瓦(愛知産)が使わ

れています。三州産地は、立地条件、粘土、集積の強み、企業

規模,等,全ての面で優れており、良質の瓦を出荷しています。

流通経路は、三州工場~瓦問屋~施工瓦店~消費者、になっ

てきました。

私の会社にも、毎日、三州産地から瓦が入荷されています。

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しいね産業(株)しいね瓦
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by kawara-shiine | 2007-04-01 21:47 | 生活